片思い

大いなる全ては無条件の愛の姿をしています。愛は現実(人生)を作る根幹であり、愛に対する認識や理解を変えると、現実の波動は上がり、根底から真の愛の世界が甦ります。そして、私達ひとり一人がアセンションを牽引する"魂"として、恍惚として悦び涙する愛の形を地上に結晶化させる為に生まれてきたのです。

それは決して片思いではなく、双方からの"愛"であり、"性"である如く、"神性な愛"の流れです。"神性な愛"の流れゆく先は"人間愛"を座標しているのです。

そして、全ては無条件の愛で出来ていますとバシャールは語ります。
よって、「片思いは存在しない!」「在り得ない波動である」と、バシャールが言うように、私達の片思いの定義を変えなくてはいけませんね。

また、片思いというのは執着心や期待感といった"断片的な波動“を定義しているのですから、自身の想いが、無条件の愛とは異なる"条件的な愛"を表わしていたのだろうか?あるいは、"無条件の愛"であったかをよく振り返って見たいと思います。

それに、誰もが、片思いの経験はありますし、愛する相手との関係を限定的にとらえ、様々な形でやってくる無条件の愛の型を断定的に指定しますよね。型にはまるように執着した辛い経験は誰にでもよくあるものです。

ですから、自分自身を愛する事の出来ない自己否定の波動が根底にある片思いなら、それを解消するのは、自分自身に対する想いを表わす波動しかありません。
私達はずっと、外側の世界に自ずと偏った自分の波動を反映させた世界を繰り広げてきたのです。

もう片思いなんてしたくありませんし、詰まらないですよね。絶対にイヤです。
自分愛=相思相愛にしましょうね。